網膜剝離

網膜剝離  retinal detachment  amotio retinae

図 01

§.病 態

剝離とは視細胞層と網膜色素上皮層との間で起きたものである.

この空間が,網膜下腔 subretinal space である.ここに貯まるのが,網膜下液 subretinal fluid である.
網膜は眼杯の重壁,すなわち眼杯内板(内層)と眼杯外板(外層)が機能的に接着して形成される.内層が感覚網膜で神経のネットワークとなる方,外層が網膜色素上皮であり,視細胞層と色素上皮層間は脳室腔に相当することから,物理的に離れやすい.
通常,離が発症すれば急激な視力障害(視野異常で始まり,黄斑に及んで視力低下)を起こす.

§.分 類

分類とか種類をいうとき,まず原発性 primary(裂孔原性)と 続発性 secondary(非裂孔原性)群に分けるのが常套.

  1.  裂孔原性網膜剝離(原発性あるいは特発性網膜剝離)

    網膜裂孔を生じ,硝子体と網膜下腔が交通したもの.網膜下腔には液化硝子体が侵入する.
    網膜裂孔 break には 萎縮円孔 atrophic hole と 牽引裂孔 traction tear がある.

    1. 原因

      主に 格子状変性 が素因となって 円孔 hole ⁄ Lochや 裂孔 tear ⁄ Rißが生じる.
      格子状変性は網膜赤道変性,あるいは周辺部変性の代表的所見.赤道部周辺部は,周辺部眼底 の頁で確認.
      硝子体液化は加齢硝子体変性 の頁で確認.
      時に硝子体基底部などに裂孔が生じる.

    2. 形態

      剝離発症の原因は,①弁状裂孔;50% ②萎縮円孔;25% ③格子状変性と無関係な円孔;15% ④黄斑円孔;10% ⑤鋸状縁断裂;34% ⑥巨大裂孔・毛様体裂孔・脈絡膜コロボーマ内円孔,など.
      責任部位は多くが周辺部に存在する,ということで通常,周辺部で発症し後極部へ進展する.
      当然,黄斑円孔剝離や脈絡膜コロボーマ内円孔剝離は後極部発症である.

    3. 裂孔(break)の出来かた (図引用は 日眼会誌 総説 22:網膜剝離,2005 に拠る) 
        図 02 萎縮円孔 図 03 牽引裂孔
      1. )萎縮円孔

        格子状変性の「内部」で網膜萎縮が進行すると円孔が生じる.萎縮円孔は若年者に多く,硝子体の形状がしっかりしているため扁平で進行は緩徐となる.黄斑部に及んで像がゆがんだり視力が低下するまで,視野異常を自覚しないことも少なくない.
        ほとんど進行しないと剝離のふちに沿って色素沈着がおこり,そのまま固定される.いったん溜まった下液が吸収されると,かつての剝離範囲が網膜色素変性のような所見を示していたりする.これらは「自然治癒」と表現する.

      2. )牽引裂孔

        格子状変性の「ふち」には硝子体膜の癒着があり,後部硝子体剝離が契機となって「ふち」が裂け,「裂孔」を作る.「弁状裂孔」とか「馬蹄形裂孔」という.
        硝子体の加齢変性,ということで牽引裂孔は中高年に多く,したがって液化硝子体のため剝離の拡大は速い.

    以上から, 図 補
    剝離の発症年齢は,20代 と5060代 の峰性bimodal を示す.
    通常,網膜剝離とは 裂孔原性網膜剝離 をさしている.牽引裂孔と萎縮円孔とが剝離全体の75%ほどとなる.

     原発剝離の「網膜下液」は 硝子体液 が進入したものである.

    1. )その他の裂孔

      ①格子状変性以外での硝子体癒着部:網膜血管近傍部,周辺部,など
      ②強度近視・後部ぶどう腫による黄斑円孔:
      ③鋸状縁断裂,
      ④巨大裂孔:90°以上に亘るもの,
      ⑤毛様体上皮裂孔,

  2. ) 非裂孔原性網膜剝離(続発性網膜剝離)

    続発とは,剝離を起こす原疾患の存在を意味する.発症機転から,さらにつに分ける.

    1. ) 滲出性網膜剝離 exudative detachment

      眼血液柵(血液眼関門 bloodocular barrier:眼底なので血液網膜関門 bloodretinal barrier)の破綻すなわち透過性亢進によって感覚網膜と網膜色素上皮の間に液体が貯留した状態.これにより,網膜血管由来と脈絡膜由来とがある.

      ◆網膜血管病変の代表は Coats脈絡膜病変では,炎症(特に原田病),脈絡膜の浮腫(代表は中心性漿液性脈絡網膜症)のほか,糖尿病網膜症(網膜血管障害+脈絡膜障害),妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)を含む高血圧による色素上皮障害,腫瘍による富血管性あるいは色素上皮障害,白血病細胞の浸潤による限局虚血あるいは色素上皮障害,などで発症する.

      uveal effusion は強膜に原因がある特殊な滲出性剝離である.

    2. ) 牽引性網膜剝離 tractional detachment

      網膜表面の増殖索状物によって網膜が挙上され感覚網膜と色素上皮間に液体が貯留した状態.
      増殖索状物とは,新生血管の発生(血管内皮細胞増殖)に前後して起こる線維芽細胞増殖による増殖膜組織(線維血管膜)のこと.線維血管膜は線維膜の収縮する性質のため,感覚網膜全体が牽引・挙上されて剝離となる(当然,後部硝子体剝離も加わる)
      牽引により「裂孔」を生じ,剝離に進行する場合もある.これは裂孔原性として扱う.

      ◆新生血管と線維膜は,増殖網膜症の所見である.増殖網膜症は糖尿病網膜症のほか,網膜静脈閉塞症・眼虚血症候群・高安病・Eales病・未熟児網膜症などが原疾患.虚血網膜が下地となる.
       なお,前眼部での増殖病変が, 血管新生緑内障 neovascular glaucoma rubeotic glaucoma である.

      ◆端的には網膜血管病変による増殖病変以外は, 特殊型 とするほうが分かりやすい.

 続発剝離の「網膜下液」は 滲出液 が進入したものである.

牽引剝離のイメージ図

  1.  病理の立場での 滲出 とは炎症における血管透過性亢進ということであるが,幸い眼底臨床では厳密ではない.とはいえ,原田病だけではなくハデな硬性白斑が明らかなCoats病やら糖尿病網膜症では滲出性を当てはめる.経過中硬性白斑の出現が僅かであれば漿液性浮腫と表現する.
    原田病は漿液剝離ではなく滲出剝離である.逆には言わない.中心性漿液性脈絡網膜症は滲出性剝離と言おうとすると,病名には漿液と付いている.この際,漿液性浮腫とは滲出性浮腫に含まれる病変である,とか,透過性亢進は炎症であるとは聞かなかったことにする.ま,いいか.

§.診 断

  1. 眼底所見

    通常,網膜剝離とは 裂孔原性網膜剝離のことである.
    検眼鏡的に剝離(浮いている,と言います)部分はうすく白濁してみえる.剝離網膜は「シワ」状で,写真ではピントが平均していない.当然,裂孔を見つけなければならない.

    図 04 裂孔剥離

    写真で確認

  2. )後部硝子体剝離と裂孔形成

    後部硝子体剝離とは,液化に伴ない硝子体ゲルが収縮して網膜から離れること.通常では生理的な加齢変化であるが,硝子体が異常に強く癒着しているような部分があると,後部硝子体剝離の進行とともに網膜を牽引し網膜裂孔を作り,硝子体液が移動して網膜剝離が発症する.通常,網膜-硝子体癒着の典型部位は 格子状変性 である.

図 05 剥離の絵

左図は,
①液化腔
②後部硝子体剝離
③癒着硝子体と網膜牽引裂孔
④網膜剝離
のイメージ図を示している.

拡大画
硝子体 Ⅰ

顕微鏡的細胞レベルでいえば,裂孔形成は外力により網膜がちぎられたものである.網膜と硝子体の接触面がひずみ,ずれるベクトルが作用すると裂孔となる.したがって外傷の種と考える.いわゆる「外傷性」と言う場合,ボクシングなどの大きな外力・打撲を前提とした概念のはずである.この場合,打撲によって「裂孔」を生じ剝離へと進行するものを指している.要するに,裂孔形成には硝子体と網膜とのズレが関係し,加齢変化としての後部硝子体剝離による場合は「特発性」であるし,眼外に力が加わって出来た裂孔は正しく「外傷性」である.発症は,いずれも 「裂孔原性網膜剝離」である (ある研究によると,全裂孔原性網膜剝離のうち鈍的外傷が原因とされたのは4%であった)

よって 網膜剝離の原因に「裂孔」を挙げずに いきなり「外傷」とするのは ・・ ×

  1. )自覚症状

    以上の,定型的な(中高年の特発性)網膜剝離へ至る病理プロセスは➊赤道部変性という素因に加え,➋硝子体の加齢・変性,➌後部硝子体剝離,➍網膜裂孔形成,➎剝離の発症・進行である.前兆あるいは初期症状は,➌や➍で発生する.すなわち,硝子体線維の影が 飛蚊症 を起こす.少量の出血をきたすこともあり,これも飛蚊症の原因となる.硝子体が網膜を変形させたり網膜面からはずれる時に,しばしばチラチラ・キラキラと 光視症 を起こす.➎の段階では色素上皮細胞のサポートが無くなり視細胞機能が維持できなくなることで,剝離部分は 視野欠損 となる.端的にいえば,硝子体液が廻る裂孔原性剝離では深い感度低下を示す.対して背が低い剝離,あるいは漏出による中心性漿液性脈絡網膜症では,浅い感度低下(薄明視状態)である.後者では剝離部に致して,明所ではうっすらと影が見えるように自覚され,暗所ではその部分はさらに見えにくくなる,というような状況である.これにより背の低い剝離では,黄斑に達した時点で初めて 変視症 で気付かれることも少なくない.

    飛蚊症自体は珍しい症状ではなく,病的意味のないものが多い.しかし逆に網膜剝離をおこす時ほとんどが飛蚊症を自覚する.

  2. )タバコダスト tobacco dust (Schaffer's sign

    水晶体の直後に色素槐を認めることがある.高率に裂孔や剝離の存在を疑う.更には硝子体フレアと共に,増殖硝子体網膜症へのリスクを示唆する.

    図 06 ダスト 2  図 07 ダスト 1

    4 2》 stardust
    OCT画像におけるリスクのチェックポイントとして,硝子体中に多数の輝点を生じることが指摘されている.
    (Stardust Sign for Retinal Tear on SS-OCT:journals.lww.com/retinajournal/Retina:October 11, 2021)

  3. )眼圧

    下降通常のパターン.他眼より5mmHg 以上低いとアヤシイ.色素上皮細胞のポンプ作用のほか乳頭周囲から抜けていくとの説があるが,房水産生も下がる,とのことである.
    上昇前房水中に視細胞外節の破片がみられる.房水流出抵抗が増加するらしい(Schwartz症候群)が,剝離復位後すぐに正常化するのは ??

  4. )他眼は

    萎縮円孔牽引裂孔とも,他眼にも格子状変性などの所見を高率に認め,経過観察中の剝離発生の頻度が高い.

  5. )特殊型

    ・アトピー性剝離73%が基底部裂孔(鋸状縁断裂・扁平部裂孔を含む)8%が皺襞部裂孔,12%が巨大裂孔,7%がPVR化,とのことである.剝離全体では2.3%がアトピー性,比較的限局性で背の低い剝離は若年傾向の特徴に致する.
     (近年ではアトピーは軽症化し剝離発生は減少している,とのこと.結果として若年剝離の減少につながっている.)

    ・外傷性剝離鈍性外傷では上記のように基本的に裂孔形成が基になっている.赤道部変性とは別に,硝子体基底部内で鋸状縁断裂や毛様体無色素上皮裂孔を生じることが多い. 硝子体脱出を伴う穿孔性外傷では,穿孔創から硝子体索状増殖をきたし,牽引剝離が生じることが多い.

    ・黄斑円孔剝離剝離の10%ほどとか,特に後部ぶどう腫(高度近視)で要注意.

    ・巨大裂孔剝離

    ・若年者の弁状裂孔剝離,あるいは鋸状縁断裂

    ・朝顔症候群に伴う剝離

    ・コロボーマ内の円孔剝離

    ・遺伝性結合織疾患による剝離Marfan症候群,EhlersDanlos症候群,Stickler症候群,等では強い硝子体液化変性がみられる.

    ・偽水晶体眼あるいは無水晶体眼では,本来の水晶体の位置に硝子体が前進し後部硝子体剝離が加速する.現在の平均的手技に於ては有水晶体眼との差はないが,後囊切開後では剝離の発生率が上がる.

    ・増殖硝子体網膜症 proliferative vitreoretinopathy (PVR:こちらで確認), 急性網膜壊死(ARN:こちらで確認),など,

    ・合併症として
     ぶどう膜炎では,ocular toxocariasis ・ congenital toxoplasmosis ・ ocular sarcoidosis ・ peripheral uveitis ・ endogenous endophthalmitis ・ congenital cytomegalovirus retinitis,などに併発.
     腫瘍では,retinoblastoma ・ circumscribed choroidal hemangioma ・ retinal capllary hemangioma ・ combined retinal hamartoma ・ retinal astrocytoma ・ retinal oligodendroglioma ・ brain choristoma ・ leukemia,などに併発.
     その他,orbital cellulitisocular hypotony,など

    ・先天網膜剝離網膜の形成異常による

  6. )剝離網膜では,視細胞が虚血状態となる.さらに炎症反応(補体系活性化,マクロファージ遊走)をきたし視細胞は傷害される.
      硝子体に曝された網膜外層はダメージが大きい.CSCと対照される.

  7. )近視は剝離発症の素因足りうるか

  8. )裂孔位置の予測(Lincoffの法則)

図 08 プロンベ

§.治 療 など

  1. 剝離網膜の回復(復位という)には,網膜下液の排除と裂孔円孔の閉鎖のため,手術療法が必要となる.手術の内容は,裂孔閉鎖プロンベ縫着あるいはバックリング輪状締結などである.プロンベ(バックル)は部分的に強膜に縫着する充填剤で,眼球内部では隆起し(強膜を内陥)硝子体の牽引力を弱め網膜色素上皮と裂孔部網膜とを接触させる.輪状締結は,強膜外周をバンドで締め円周を小さくするもの.バックル効果の増強をはかる目的である.
    右図は,強膜内陥のイメージ図である.
  2. 裂孔剝離が起きても全剝離に至らず,進行が停止するのもまれではない.部分剝離では眼圧が維持され,剝離部分は萎縮変性化など,健常部との境界では色素上皮細胞の増殖や線維化などがみられ,やがて下液消失・固定状態となる.いわゆる自然治癒である.
    図 補 自然治癒 図 補 自然治癒

    左図では,黄斑・中心窩をかすめて帯状の色素沈着を伴う萎縮変性と線状の増殖組織がみられる.後極を横切るこれらの所見を,境界線demarcation lineという.剝離の痕の所見と解釈できる.帯白色の線条変化は,おそらく(もっと軽度ではあろうが)右図のような「しわ」の名残である可能性もある.
    そして右図1-33であるが,剝離網膜が「しわ」となって「ひだ状」に乳頭縁を斜走している.解説文にあるような 病態 とすると,網膜血管異常を発症原理とするはずの形態とかけ離れていると分かる ・・・(どこの教科書の出典,とは言うまい).
  3. 剝離の無い裂孔に対しては予防的 レーザー光凝固治療を行なう.
    すべての裂孔が剝離に進行する訳ではないものの,凝固瘢痕による接着効果の補強を期待して剝離発症を予防する.
図 09 裂孔写真1 図 10 裂孔写真2
  1.  予防治療
    ・対象;剝離の前駆的病巣(≒格子状変性その他の網膜硝子体癒着)や,剝離を伴わない裂孔.
    ・問題点;前駆病巣から剝離発症率が不明(飛蚊症のある網膜裂孔で剝離発症は10% かつ3か月以内.他眼に剝離の既往がない変性巣の場合 12%以下とされる)
     予防的効果の有効性安全性が不明(剝離発症例のうち過去に予防治療がされていたのは 3%,このうち元の裂孔から進行したと思われるのは30%,加えて凝固斑も円孔化したと見做されるものは 90%.そもそも裂孔を生じる部位は100%の予測は不可能) ・・・・・
    ・という観点で批判的な研究者が多い.剝離は100%治せるというが,非観血的手段があればそれも考のはず.

    剝離の既往がある他眼,あるいは高率に剝離を発症しうる網膜硝子体変性についての必要性は異論がない.ただし,
    拡大しつつある剝離に対して進行阻止をねらって凝固斑で囲むのはまずい,ということになっている.

参照 エッセンシャル眼科学 第8版 320ページ:網膜剝離

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2024